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東柱(どんじゅ)      荒波 剛

東柱(どんじゅ)          荒波 剛

或る勉強会の講義終了後の自己紹介
もう二十年近くも前だ
会場は北海道小樽市
その人の名を聞いた時
朝鮮の人かと思った
「ユン……と申します」
私も多くの知人 友人が属する民族の名で
その女性は
心持ち顔を挙げて話し始めた
「皆さんはユン・ドンジュをご存知ですか?
 最近日本語訳で詩集が出版されたばかり *
 著者は日本で獄死した韓国の詩人です
 紹介してくれた友人と その作品を読み
 その日に彼の氏を 私の筆名にしました」

ドンジュってどんな詩人だろう
後日 手に取ったその詩集には
地底深く流れる岩清水にも似た
甘美で清冽な言葉の数々が鏤められていた
十七歳で詩を書き始めた頃 首都ソウルへ遊学

従弟の宗夢奎と二人 同室での寄宿生活
詩作に打込み「生涯詩人」を夢みた東柱と
文学賞を受賞しても
独立運動を優先する夢奎
二人の青年の思い描く道が
何れ合流する事を
権力の本能は悟ったのだろうか
日本遊学の為に受け入れた「創氏改名」に
二人を同類と見做し探索を強める特高警察

かつて同じ文学に励んだ同士の従兄弟二人
闘士は詩人である友に
自重を呼びかけるが
ドンジュは次の詩行をしたためた
〝夜を明かして鳴く虫は紛れもなく/
 恥ずかしい名を悲しんでいるのです…〟
詩人が級友達と遊んだ宇治川の河原で唄った
故郷の歌「アリラン」が
詩人の死を早めたか
二人が投獄された九州福岡刑務所で 
詩人は
己の思想の放棄と
運動への不参加を誓えとばかり
「誓約書」への署名を求められたが
=無言の回答=
ドンジュにこれ以外何があったろう

友人尹さんから伝えられたドンジュの詩は
地底深く震源に発した振動のように
微から動へと強まり 
暴虐の歴史を許さぬ声が
大陸東部の半島と 
そこに向き合う列島に住む
人々の胸に響き合い 
更に大きく広く……

  *尹東中詩集「空と風と星と詩」
金時鐘・訳(岩波文庫・12・10・16発行)



京浜詩派 第220号(2017.12)より

テーマ : 詩・ポエム
ジャンル : 小説・文学

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