あの戦争のころ・6 神武二四九五工場 艀 参三 京浜詩派 第218号より
あの戦争のころ・6
神武二四九五工場 艀 参三
昭和二〇年 春
やっと三年生になったと思ったら
今度は春江の軍需工場へ出動だという
今までいた三国の中学生が
名古屋へ転出するのだという
出発は発表から二週間とたたない
早春のあわただしい出動だった
着いてみると 名古屋の受け入れ態勢が
おくれていて 大講堂での宿泊だという
室の四隅に 各人の布団を積み上げて
それに寄っかかるように 各班が決まり
三週間も そんな状態だったが
やっと各室が空いて 引越となった
驚いたことに 室に足を入れた途端
プチ プチと 音を立てて
ノミの一群に 両脚を奪われ
それを追っ払うのに 小一時間も潰した
壁のすき間といい 畳の合せ目といい
彼らの居室は いたる所にあり
人の移動に合わせて
その一群も動いてくる
身体がノミの襲撃に慣れるまで
一週間ほどかかったが
勿論こちらとて満足に食べている訳では
血が無くなっているのか 慣れてきたのか
朝と夜は 顔が映るぐらいの雑炊
実のようなものは 全く無く
ただ ずるずると すすり込むだけ
昼だけは大豆の多い御飯だったが
こんな食事で まともに働けるか
二、三人の斥候が 食堂を家探しする
天窓から勢いよく とび込んだM君が
みそ樽のフタを つき破って
味噌だけは あるなァと嘆息する
勤労学徒には 一般の配給より多い
食糧が確保されている 筈だと先生は云う
が 状況は一向に改善しない
日本全国 もう食べる米がないのか
そのうち とんでもないことがわかってきた
新しく転入されてきた
福井の女学校の引率教師が
食堂の係長をつかまえて 抗議している
以前の工場では 副食は少なかったけど
お米は 腹の足しになる量だった
なぜ ここだけが 少ないのですか
お腹を空かせた子どもは働けないのです
食糧係の主任は
ああだ こうだと言い訳するが
だんだん 雲行きが悪くなって
他の用事にかこつけて逃げていく
「あいつら 俺たちの米を闇に流してる」
血の気の多い 柔道部の猛者たちが
係長をつるしあげて白状させようとするが
「ここは軍需工場です 憲兵隊を呼びます」
憲兵隊は 関係者が もっとも嫌う
軍隊の中でも 異質の存在だ
「呼ぶんなら 呼んでみろ」
「あんた達を ブタ箱に入れられない」
変な問答の末 事情が好転するなら
皆も納得できるのだが
週に一人が交替して
家から食糧補給をするのだが それも豆!
あの戦争のころ・6 神武二四九五工場 艀 参三 京浜詩派 第218号より
神武二四九五工場 艀 参三
昭和二〇年 春
やっと三年生になったと思ったら
今度は春江の軍需工場へ出動だという
今までいた三国の中学生が
名古屋へ転出するのだという
出発は発表から二週間とたたない
早春のあわただしい出動だった
着いてみると 名古屋の受け入れ態勢が
おくれていて 大講堂での宿泊だという
室の四隅に 各人の布団を積み上げて
それに寄っかかるように 各班が決まり
三週間も そんな状態だったが
やっと各室が空いて 引越となった
驚いたことに 室に足を入れた途端
プチ プチと 音を立てて
ノミの一群に 両脚を奪われ
それを追っ払うのに 小一時間も潰した
壁のすき間といい 畳の合せ目といい
彼らの居室は いたる所にあり
人の移動に合わせて
その一群も動いてくる
身体がノミの襲撃に慣れるまで
一週間ほどかかったが
勿論こちらとて満足に食べている訳では
血が無くなっているのか 慣れてきたのか
朝と夜は 顔が映るぐらいの雑炊
実のようなものは 全く無く
ただ ずるずると すすり込むだけ
昼だけは大豆の多い御飯だったが
こんな食事で まともに働けるか
二、三人の斥候が 食堂を家探しする
天窓から勢いよく とび込んだM君が
みそ樽のフタを つき破って
味噌だけは あるなァと嘆息する
勤労学徒には 一般の配給より多い
食糧が確保されている 筈だと先生は云う
が 状況は一向に改善しない
日本全国 もう食べる米がないのか
そのうち とんでもないことがわかってきた
新しく転入されてきた
福井の女学校の引率教師が
食堂の係長をつかまえて 抗議している
以前の工場では 副食は少なかったけど
お米は 腹の足しになる量だった
なぜ ここだけが 少ないのですか
お腹を空かせた子どもは働けないのです
食糧係の主任は
ああだ こうだと言い訳するが
だんだん 雲行きが悪くなって
他の用事にかこつけて逃げていく
「あいつら 俺たちの米を闇に流してる」
血の気の多い 柔道部の猛者たちが
係長をつるしあげて白状させようとするが
「ここは軍需工場です 憲兵隊を呼びます」
憲兵隊は 関係者が もっとも嫌う
軍隊の中でも 異質の存在だ
「呼ぶんなら 呼んでみろ」
「あんた達を ブタ箱に入れられない」
変な問答の末 事情が好転するなら
皆も納得できるのだが
週に一人が交替して
家から食糧補給をするのだが それも豆!
あの戦争のころ・6 神武二四九五工場 艀 参三 京浜詩派 第218号より