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「はやたに丸」    はら きんじ

「はやたに丸」      はら きんじ


「はやたに丸」
木造漁船
船長 H
係留地 藤沢市境川(高級住宅地裏手)

全長一二メートル
二十八馬力焼玉エンジン搭載

使い古した老船だが
船体スリムで足が速い
調子のいい時は
ポンポン乾いた音を響かせ
水すましのように快走する
境川を下り
江の島の片瀬橋をくぐり抜け
相模湾に出て
魚影を求めて遊航する

操船するのはTさん
愛媛の漁師の息子
巧みに船を操る
Yさんが一番早く釣り支度
手早くハリスを結び餌をつける
手持無沙汰なのは「船長」
水面をみつめたり
空を見あげたり
手も竿も遊ばせている
小型船舶操縦免許は持っていても
操舵も駄目 釣りも下手な御仁

TさんもYさんも「船長」も
この老朽漁船の共同出資者
それにもう一人Nさんが加わって
「はやたに丸」は四人の共同持ち船
Nさんは
釣りもしないし
船にも乗らない
楽しみは
釣果を誇る「船長」の法螺話を聞くだけ

この漁船は怪しい船だ
元の持ち主は正体不明のオジサン
お役御免になった老朽船を
密漁船だったから「逃げ足は速いぞ」と
言葉巧みに
不法係留のまま「居抜き」でHに売りつけ
その後まもなく姿を消した
住所職業年齢不詳
話しは抜群に面白い
謎の人物だった

「はやたに丸」は気難しい
不機嫌で 不調で 漁に出ない
そんな日が多い
台風で「沈」も二度三度
「船長」は会社を休み
泥水を汲出し船体を復元する

「船長」H
Yさん
Tさん
Nさん
「企業戦士」と呼ばれた人達だ
高度経済成長時代
長時間労働を
企業が社員に課すための「勲章」
その呼び名が「企業戦士」
過酷な労働と競争の最前線で闘う
労働者のことだ

「船長」Hの勤める会社を
界隈を走るタクシー運転手は
「セブンイレブン」と綽名する
朝七時から夜十一時まで
ビルの窓の灯が消えない

休息と解放を求めて
四人の「企業戦士」が
逃げ出した先が「はやたに丸」
そこで
心の疲れを癒し
人間を取り戻し
明日また競争社会に戻る

「はやたに丸」は
気息奄々の老朽船でよかった
ピカピカのレジャーボートでなくてもよかった
走っても走らなくてもよかった
疲労困憊の「企業戦士」を
黙って受け容れてくれれば
それでよかった

某年某月某日
癒しの船は
馬入川の河口まで曳航され
舫い綱を
無人で太平洋に旅立った

高度経済成長は終わった
競争と便益がすべての社会は続いている

Yさんは他界した
ガンだった
Nさんもひっそり葬られた
脳梗塞だった
Tさんは闘病中
Hもガンを癒している



京浜詩派 第220号(2017.12)より

テーマ : 詩・ポエム
ジャンル : 小説・文学

戦う姿   原 金治

戦う姿   原 金治




二〇一七年五月二〇日
有明コロシアム
WBAミドル級王座決定戦
アッサン・エンダム(仏)対村田諒太

もちろん、村田に勝ってほしい
村田の勝利が見たい
勝っても負けても
なによりも
村田の戦う姿が見たい

防御を固め
前へ
そして
前へ

その闘う姿を
息子晴道君に
そして、私達にも
見せておくれ


 *村田諒太
   一九八六年生まれ。二〇一二年ロンドン五輪ボクシン
   グ・ミドル級で金メダル獲得。
   金メダリストの虚像と闘う男、謙虚さを失わないよう、
感謝の気持を忘れないよう常に心しているボクサー。
   六歳の息子晴道と三歳年下の娘がいる。




後日譚
 この詩は、対戦前日に記した「応援詩」。
 試合は当日テレビで観た。村田の前へ出て戦う姿があった。判定で村田が敗れた。試合終了直後、私は村田の勝利を確信した。エンダムは逃げ回りながら、「手数」をアピールする作戦に出た。「有効打」は村田の方がはるかに多かったことは、素人の私にも明らかに見えた。4ラウンドには村田がエンダムからダウンを奪った。三人のジャッジのうち一人が村田、二人がエンダムの勝利と判定した。
 エンダムの勝利が高らかに宣告された時、私は傍らの妻につぶやいた。
 「不可解だ、納得できない」
そして力なく続けた。
 「これが人生か、理不尽とわかっていても、結果
  を受容れざるを得ない時もある」

 村田にはこの敗北を小さな息子に説明する術はないだろう。悶悶たる思いだろう。村田の胸中を察して私は暗澹たる思いに沈んだ。
 この理不尽をしかと記憶にとどめるために、翌日新聞に掲載された採点表を切り抜いてノートに貼りつけた。村田の負けを採点したのは、パナマのグスタボ・パディージャとカナダのヒューバー・アールである。

 試合から六日後の五月二十六日付け朝日新聞は、世界ボクシング協会(WBA)会長のヒルベルト・メンドザ・ジュニアが、この試合の採点に問題あったとして、村田の負けを判定した二人のジャッジを六カ月の資格停止処分とし、村田とエンダムの再戦を指示したと報じた。異例なことである。
 これで村田の心の傷を癒すことはできないが、再戦を実現させ、村田がエンダムをKOで倒す日が来ることを切に望む。その日は、村田が晴れて息子に勝利を語れる日だ。


京浜詩派 第219号(2017年9月)より

テーマ : 詩・ポエム
ジャンル : 小説・文学

闘う姿 原 金治

戦う姿   
                           原 金治

二〇一七年五月二〇日
有明コロシアム
WBAミドル級王座決定戦
アッサン・エンダム(仏)対村田諒太

もちろん、村田に勝ってほしい
村田の勝利が見たい
勝っても負けても
なによりも
村田の戦う姿が見たい

防御を固め
前へ
そして
前へ

その闘う姿を
息子晴道君に
そして、私達にも
見せておくれ


 *村田諒太
   一九八六年生まれ。二〇一二年ロンドン五輪ボクシン
   グ・ミドル級で金メダル獲得。
   金メダリストの虚像と闘う男、謙虚さを失わないよう、
感謝の気持を忘れないよう常に心しているボクサー。
   六歳の息子晴道と三歳年下の娘がいる。

後日譚
 この詩は、対戦前日に記した「応援詩」。
 試合は当日テレビで観た。村田の前へ出て戦う姿があった。判定で村田が敗れた。試合終了直後、私は村田の勝利を確信した。エンダムは逃げ回りながら、「手数」をアピールする作戦に出た。「有効打」は村田の方がはるかに多かったことは、素人の私にも明らかに見えた。4ラウンドには村田がエンダムからダウンを奪った。三人のジャッジのうち一人が村田、二人がエンダムの勝利と判定した。
 エンダムの勝利が高らかに宣告された時、私は傍らの妻につぶやいた。
 「不可解だ、納得できない」
そして力なく続けた。
 「これが人生か、理不尽とわかっていても、結果
  を受容れざるを得ない時もある」

 村田にはこの敗北を小さな息子に説明する術はないだろう。悶悶たる思いだろう。村田の胸中を察して私は暗澹たる思いに沈んだ。
 この理不尽をしかと記憶にとどめるために、翌日新聞に掲載された採点表を切り抜いてノートに貼りつけた。村田の負けを採点したのは、パナマのグスタボ・パディージャとカナダのヒューバー・アールである。

 試合から六日後の五月二十六日付け朝日新聞は、世界ボクシング協会(WBA)会長のヒルベルト・メンドザ・ジュニアが、この試合の採点に問題あったとして、村田の負けを判定した二人のジャッジを六カ月の資格停止処分とし、村田とエンダムの再戦を指示したと報じた。異例なことである。
 これで村田の心の傷を癒すことはできないが、再戦を実現させ、村田がエンダムをKOで倒す日が来ることを切に望む。その日は、村田が晴れて息子に勝利を語れる日だ。



京浜詩派第219号より

テーマ : 詩・ポエム
ジャンル : 小説・文学

不機嫌な椅子  はら きんじ  京浜詩派 第218号より

 不機嫌な椅子       はら きんじ



    一

家に小さな椅子がある
天然木の素朴な手作り椅子だ
座高が低すぎ誰も座らない
目覚まし時計を乗せてみた
似合わない
辞書を置いてみた
似合わない
人も物も拒んでいるようだ

居間の片隅で
北を向いて
ただ黙って居るだけだ
アフリカからやってきた椅子だ
二十五年前
「アフリカ展」で出会った
家にきてから
同じ場所 同じ姿勢のままだ
椅子の来し方を想う
外仕事の椅子だった
老いた漁師が
川辺でこの椅子に座り
網を繕っていた
老人と椅子は共に
幸せな時を過ごしていた
事情は知らぬが
漁師は椅子を失い
椅子は主人を失った
東京に運ばれ
「アフリカ事情」紹介に一役買い
何かの縁で
この家に辿り着いた
頑丈な椅子だ
頑固な椅子だ
不機嫌な椅子だ

    二

不機嫌な椅子よ
頑固な椅子よ
アフリカから来た椅子よ
俺が死んだらお前はどうなる?
粗大ごみで捨てられるか
リサイクル屋さんの平助さんに
ワンコインで売られるか
取り敢えずは
お前のサイズを記録しておこう
座の横幅  三四センチ
座の奥行  二六センチ
座の高さ  二三センチ
前の主人が
毎日座っていた椅子だ
今の主人が
座らない椅子だ
安定が悪い
座が低すぎる
ケツが痛くなる
何かと難癖つけて
誰も座らない
ここに来てから
ちっとも変っていない椅子だ
ずっと不機嫌なままだ

    三

ある日
家具のアンティークコレクターが来て
そのアフリカの椅子が欲しいと言った
断った
誰にも売らない
俺が生きている間は
黙って
北を向いて
不機嫌なままで
ここに居続けておくれ



不機嫌な椅子  はら きんじ  京浜詩派 第218号より

テーマ : 詩・ポエム
ジャンル : 小説・文学

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