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あの戦争のころ・8  山下君の火葬   艀 参三

あの戦争のころ・8
山下君の火葬   艀 参三



「週番は何処に居る!」
ただならぬ 叫び声に
午睡を破られた わたしが立ち上がると
隣の作業小屋が騒然としている

「山下が 大火傷や」
「死ぬかもしれん」
人だかりの小屋に走り込むと
真っ黒な個体が運び出されようとしている

「ボイラーのペンキ塗りを
芝田とやってたのと違うんか」
「そのあと 汚れをベンジンで拭いていて」
「そこへいたずら好きの芝田が
マッチの火を近づけたんや」

私は持ち廻りの週番をしていた
こうした時の対処について
何も教えられていなかった が
級友がひとり 死にかけている

県庁所在地に近い この町には
大きな病院はなく
山下君は近所の町医者の処に
かつぎ込まれて
包帯でグルグル巻きにされたまま

「本人に生きる力があるかないか
それを待つより仕方ない」
医者の言葉を信じるしか
私達には再生の術がない

一週間たって
「この子の生命力は強い」と
医者は希望の灯をともしたが
福井の総合病院に転出となった
「漸く おかゆが食べられた」
交替で見舞いに行く学友から
そんな報告を受けて すぐ
敦賀から 姉さんが看病にやってきた

その次の週「敦賀」が空襲に遭った
小雨の降る夜で
六十㎞も離れた故郷の空が
まっ赤になって 燃え続けた

家を焼かれた者たちは
一週間の休暇を与えられ
帰省して 後片付けなどしていたが
工場へ戻る前夜 福井が大空襲

「山下はどうした?」
「姉さんと折り重なって真っ黒焦げや」
「あの空襲やもんな 逃げ場がないで」
「市街地は全滅や」

四斗樽に詰め込まれた姉弟が
工場のある春江に戻って来た
「午後 火葬にするから 燃えるもんを集めろ」
担任の声にはじかれて 皆が走り出す

火葬場は田圃の一隅
石の平台の上に屋根があるだけの
わびしい焼場
担任が経を唱え 十名足らずの学友が並ぶ

火が桶に廻ると
突然 バンと樽が裂けて
真っ黒な腕が突き出てくる
思わず「なむあみだぶつ」

「薪が足らんと違うか」
「仕方ないべや もう二回も焼けてるから」
「これで いいとするか」
山下君 許してくれや


京浜詩派 第220号(2017.12)より

テーマ : 詩・ポエム
ジャンル : 小説・文学

水兵達がやって来た    艀 参三

あの戦争のころ・7
水兵達がやって来た     艀 参三


原料となる生ゴムが来ないのに
六月になると
舞鶴から水兵たちがやってきた
が 良くみると
みんな年の頃 四・五十代
少し太りぎみの 徴用兵ばかりだ

何をするのかと 思っていたら
全員 我々がやっている
プレスの横に 整列して
「いいか 中学生の先輩たちから
良く教えてもらって 技術を習得しろ」

何のことはない
我々の仕事を横取りして
いったい三月から動員された
私たちは 何をするのか
作業を教える フリをして
小さな声で
「オッさんたち 艦にのらんと
あかんのと ちがう?」

「もう乗る フネ 無うなって
仕方なしに ここへ来たんや」
私たちは絶句した
あの連合艦隊がいなくなった

水兵たちの居住区は
私たちのところから
庭をはさんだ 向こう側
毎晩「廻れ! 廻れ!」と号令を掛けられ
ヘトヘトになって廊下みがきだ

精神注入棒とは誰が言い出したか
若い十七・八の 班長たちが
おっさんの 太っちょな
尻を叩いて 溜飲を下げている
本土決戦のために かき集められた
爆雷特攻のオッさんたち
私たちの オヤジの年頃で
家では かあちゃんが 泣いている

私たちの クラスでも
勉強の出来る 者たちは
みんな 海兵や陸士を志願して
工場作業から 抜け出している

「やっと 原料が着いたゾ!」
主任の声に 喜び勇んで駆けよると
一㍍角の 生ゴムの塊りが一ケ
表面がまっ白に 塩を吹いている

「こりゃ筏で 流れついたのか」
主任が しぼりだすような声で
原料をみつめて うなっている
あゝ 航空機増産の実体は―

朝礼のあとの ラジオ体操の時間
壇上の か弱い班長の私が
精一杯の運動をしているのに
向い側の廊下の窓に
たむろしている班長連中
「たるんどる 焼きを入れるぞ!」

私の担任は リベラルな画家あがり
「あんな奴を 気にするな
我々は まだ 中学生だ」
その声に 励まされ
細い手足を振ってみせる

昭和二十年の初夏の頃


京浜詩派 第219号 より

テーマ : 詩・ポエム
ジャンル : 小説・文学

あの戦争のころ・6 神武二四九五工場 艀 参三 京浜詩派 第218号より

あの戦争のころ・6
神武二四九五工場 艀 参三


昭和二〇年 春
やっと三年生になったと思ったら
今度は春江の軍需工場へ出動だという
今までいた三国の中学生が
名古屋へ転出するのだという

出発は発表から二週間とたたない
早春のあわただしい出動だった
着いてみると 名古屋の受け入れ態勢が
おくれていて 大講堂での宿泊だという

室の四隅に 各人の布団を積み上げて
それに寄っかかるように 各班が決まり
三週間も そんな状態だったが
やっと各室が空いて 引越となった

驚いたことに 室に足を入れた途端
プチ プチと 音を立てて
ノミの一群に 両脚を奪われ
それを追っ払うのに 小一時間も潰した

壁のすき間といい 畳の合せ目といい
彼らの居室は いたる所にあり
人の移動に合わせて
その一群も動いてくる

身体がノミの襲撃に慣れるまで
一週間ほどかかったが
勿論こちらとて満足に食べている訳では
血が無くなっているのか 慣れてきたのか

朝と夜は 顔が映るぐらいの雑炊
実のようなものは 全く無く
ただ ずるずると すすり込むだけ
昼だけは大豆の多い御飯だったが
こんな食事で まともに働けるか
二、三人の斥候が 食堂を家探しする
天窓から勢いよく とび込んだM君が
みそ樽のフタを つき破って
味噌だけは あるなァと嘆息する

勤労学徒には 一般の配給より多い
食糧が確保されている 筈だと先生は云う
が 状況は一向に改善しない
日本全国 もう食べる米がないのか

そのうち とんでもないことがわかってきた
新しく転入されてきた
福井の女学校の引率教師が
食堂の係長をつかまえて 抗議している

以前の工場では 副食は少なかったけど
お米は 腹の足しになる量だった
なぜ ここだけが 少ないのですか
お腹を空かせた子どもは働けないのです
食糧係の主任は
ああだ こうだと言い訳するが
だんだん 雲行きが悪くなって
他の用事にかこつけて逃げていく

「あいつら 俺たちの米を闇に流してる」 
血の気の多い 柔道部の猛者たちが
係長をつるしあげて白状させようとするが
「ここは軍需工場です 憲兵隊を呼びます」

憲兵隊は 関係者が もっとも嫌う
軍隊の中でも 異質の存在だ
「呼ぶんなら 呼んでみろ」
「あんた達を ブタ箱に入れられない」

変な問答の末 事情が好転するなら
皆も納得できるのだが
週に一人が交替して
家から食糧補給をするのだが それも豆!




あの戦争のころ・6 神武二四九五工場 艀 参三 京浜詩派 第218号より

テーマ : 詩・ポエム
ジャンル : 小説・文学

小松製作所 分工場    艀 参三

あの戦争のころ・5
小松製作所 分工場    艀 参三

「今年の秋から新しい工場へゆく」
国の秘密だから 名称は教えない
駅の東にある田圃の一角が埋め立てられ
幾棟かの建物が出現した

小松製作所の 新事業だ
動員された初日には
大雑把に二つの班に分けられて
私たちは 新設される
鋳物工場に 配置される

まだ建設中の工場では
旋盤の組に廻された 仲間たちが
すぐにネジ切りの作業を教えられ
来る日も来る日も ネジを切らされた

新しい柱が立ち上がり
それを組み合わせるためのネジだ
工場を建てながらの作業という訳だ
新工場はかなり大きな建物だ

私ともう一人の製図のうまい若林は
罫書き の仕事を与えられる
大きな分厚い平盤の上で
製図を読んで 鋳物の塊りに 線を引く

その線をなぞって 旋盤が廻る
ただの鋳物が やがて型を産み出して
しっかりとして バルブ辨に
仕上がっていくのだ

が、ボルネオ辺りの油田を
占領したのは 確かに昭和十七年の五月
今は昭和十八年の秋だというのに
バルブ辨を今頃造っていて良いのだろうか

ミッドウェイの海戦の後
軍艦マーチがならなくなった
あの勇壮な行進曲の後には
必ずといっていい大戦果があったものだ

あの世界最大の戦艦は
「武蔵」といい「大和」といい
華々しい海戦を 見せてもくれず
何処に潜んでしまったのか

おくればせ乍ら 僕たちは
国の命ずるまま 作業にはげむ
「もっと ケガキの針を締めてくれなきゃ
ホラ みろ 旋盤にかけると軸がブレる」

班長の叱声に その時は緊張するが
所詮 子どもの指の力は弱いものだ
鋳造から廻ってくる鋳物の数も
途切れ途切れで「こんなことでいいのかなァ」

十一月のある日の空は
抜けるほどに 澄み切っていた
南に見える野坂の山ひだが
数えられる日の 昼前だった

「名古屋が空襲でやられている」
名古屋といえば上級生たちが動員されている
確か〈愛知時計〉という工場で
戦闘機の増産体制がとられていた

高度は確か一萬メートルというのに
五糎位の巨大な飛行機が
悠々と北を指して進んでいる
目をこらすと その尾翼の辺りに

ゴマ粒ほどの小さな飛行機が
上下に移動して まつわりついている
そのうち体当たりでもしたのか一瞬光り
B29は平然と所定のコースを飛んでいる


京浜詩派 217号より

テーマ : 詩・ポエム
ジャンル : 小説・文学

引込線工事     艀 参三 (京浜詩派216号より)

あの戦争のころ・4   
  引込線工事     艀 参三


アメリカでは とてつもない飛行機を
つくり出したそうだ
そんな話を聞いたのは
新しく鉄道線路の 引込線をつくる
作業に かり出された頃だ

空襲は必ずある
いざという時は 貨物列車を分散させて
貴重な資源を 守らねばならぬ
そのための 引込線の作業

一時間おきに コークスが
無蓋車で 運ばれてくる
それを引込線に導入して
少しずつ 線路を四方に延長する



何をさて置いても やらねばならぬ
北陸本線の 関西へ分岐する
要の位置に 敦賀がある
そのあちこちに 退避線を造ってゆく

一時間ごとに コークスを満載して
入線してくる 無蓋車を
五度の傾斜のある 引込線に
押し込んで その先端を延ばしてゆく

「もうすぐ次が来るぞ! 急げ急げ」
班長は ノルマの完遂をめざして
スコップを 振り回して
班員の尻を叩く

休む間もない 作業はつらい
俺たちを 何だと思って コキ使う
まだ 中学の二年生だというのに
まして体力のない私には
苛酷な作業の連続だ

ひるの時間は 休憩をかねて
たっぷり一時間 与えられているのだが
心づくしの茗荷入りの味噌汁も
こう毎日では あきてしまう

成人してから三十年ばかり
茗荷と聞くだけで
背中がザワザワしたものだ
あの田舎びた 素朴な食べ物が嫌いだった

子供の力も 馬鹿にしたものではない
一つの分線を 五・六名の中学生で
造らせようとした無茶な計画も
何とか 秋までには 完成した

試験走行だと言って
連結された貨車群が
一輌ずつ 切り離されて
所定の位置に 固定される

惰性のスピードで
入線してくる 貨車たちが
予定の線上で ピタリと止まる
思わず「万才 万才」だ

この引込線は
いまはもう使われていないが
昭和二十年の七月十二日夜
「また機雷投下」と思った市民たちを
恐怖の底に 落し込んだ
あの空襲時に
立派に役目を果したと 伝え聞いた

テーマ : 詩・ポエム
ジャンル : 小説・文学

「父の歴史」艀参三詩集-東京民報で紹介

東京民報 2016年10月16日 艀参三
 東京民報 2016年10月16日号に、艀参三(上澤詳昭)さんが紹介されました。詩集「父の歴史」も紹介されました。
 

テーマ : 詩・ポエム
ジャンル : 小説・文学

よこはま 艀参三

よこはま 艀参三

よこはま  艀参三 「京浜詩派 211号 巻頭詩」

テーマ : 詩・ポエム
ジャンル : 小説・文学

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